「そうはいうても、時間がないんですわ。そら、私らもキレイな職場で仕事がしたい。そやけど、毎日時間いっぱい働いて、その上掃除やなんて……」

「そうやそうや。第一、人手も足らんのや。掃除に人を雇うような余裕もないし。社員かて、今の仕事のうえにそんなことやらされたら怒りよるわ」

「それに、整理するいうたかて、新たに物置を作るような場所もないしな。機械でいっぱいいっぱいやから、そんなスペースないわ」

すると、先生はそんな意見すらも全てお見通しで、静かに頷くとこう言った。

「それも全部、3Sをやれば解決することです。3Sが出来ていないから時間も無い、場所も無い、人もいないのです」

会場がまたどよめいた。
あきらめムードも漂っている。

「いいですか、皆さん。例えば、ある工具を使おうとするときのことを考えてください。整理整頓ができていなくて、その工具を探すのに2~3分の時間が掛かったとします。そんな行動がが一日に10回あったとしたらどうなりますか?」

「どうなるって……単純に考えると30分掛りますわな?」

「その通り。30分も掛ってしまうのです」

「そやけど先生。それぐらいの時間は、仕方ないんとちゃいますか?」

「仕方ない?本当にそうですか?」

それから先生は、一日30分の時間がいかに経営を左右するかを話し始めた。

「一日あたりはたかが30分でも、それが月間になると、およそ10時間。さらに一年では120時間にのぼります。これを従業員の時間給に換算するといくらになりますか?」

保治をはじめ、そこに集まっていた経営者たちは静まり返った。
たかが数分の出来事が、確かに高額の支出を招いている。

「しかも、あなたの工場の従業員全員がそういう無駄な時間を過ごしているのですよ?」

先生がそう言うと、皆が一斉に息をのんだ。
算盤を弾くまでもない。
もう、反論や言い訳をする経営者はいなかった。

当時の枚岡合金の工場の状態を思い出すと、社長の保治も、副社長の義己も赤面せざるを得ない。
おそらく、近所の町工場、いや、大阪の町工場の中でも群を抜いて汚い工場だった。
日々の作業に終われ、器具や機材が雑多に散らばり、油まみれのウエスが散乱していた。
自社がそんな工場だったからこそ、田中テックのあまりの美しさを目の当りにした保治は愕然としたのだ。

「整理・整頓・清掃をすることで、余計な時間を短縮できるし、安全・快適・効率的な現場になるでしょう。でも、3Sの目的はそれだけではありません」

皆が一様に先生の話に身を乗り出した。
やっと「聞く体勢」になったのだ。

「3Sの真の目的は、守るべきことを決めて、決めたことを守るということです。物を出したら、片付ける。掃除を習慣にする。そういうルールを作ってそれを守る。そうすることで、従業員個人にも会社にも秩序がもたらされるのです。あなたの会社には今、秩序がありますか?」

秩序。 そう、この頃の枚岡合金工具にも確かに秩序はなかった。
3Sで生まれ変わろう。
経営コンサルタントの話を信じて3S活動に取り組み、まずは会社に秩序を取り戻そう。
保治は決意を新たにした。