社長・保治の工場見学の報告を聞いて、古芝義己の心が動かなかったわけではない。
田中テックの映像は、義己にとっても確かに衝撃的ではあった。ただ、闇雲に保治に賛同して猪突猛進するわけにはいかなかった。
枚岡合金には社員がいる。社員には家族がある。独身者にも将来がある。経営者が舵取りを間違えて、彼らを路頭に迷わせるわけにはいかない。それが経営者の最低限の責任だと、義己は思う。
今までにも、保治と幾度となく話し合い、いろいろと試してみた。
セミナーで学んだ「QC」も取り入れた。でも結局、会議の最中に来客があったり、急ぎの仕事が入ったりで、他に時間をとられてしまい、二、三ヶ月でおざなりになってしまった。
確かに「QC」を続けると、企業は変われるかもしれない。でも、実際問題として、現場が優先になってしまうから、机上の空論と言わざるを得ない。金型製造業者が、金型製造を放ったらかしにて「QC」を行っては本末転倒だ。

保治のいう「3S活動」も理想ではある。
だけど、それをしたからといって、直接数字が伸びるとは到底思えない。
会社は緩やかな経営悪化状態に陥っている。病気にむしばまれているようなものだ。今は、特効薬が欲しい。会社を美しくするよりも、大口の顧客が欲しいのだ。

「それでも、わしはやるからな」
「やるんならやったらええ。でも、俺は協力せえへんで」
「分ってる」

勝手にせえ! と、喉まで出かかったとき、保治が静かに言った。

「なあ、義己。このまま十年後……いや、五年後、枚岡はどうなってると思う?」

「どうなってるて…」

「わしは、あかんかもしれんと思ってる」

「何を言い出すんや、そんなこと社長が言うたらあかん。今はまだ景気が悪いけど、ええ商品を作ってたら、いつか…」

「いつかではあかんのや。もう、カウントダウンは始まってる。わしは田中テックさんの工場見学に行って思った。枚岡が目指すのはこれや。五年後の枚岡はこんな工場にするんや、皆が工場見学に来てくれるくらい、マスコミに取り上げられるようになるくらい徹底的にやろうって」

でも、と反論しかけた言葉を、義己は呑み込んだ。
保治の言う通り、今のままでは五年後の枚岡は……

「とりあえず、田中テックさんに出入りしてる経営コンサルタントの先生に相談してみようと思う」

保治の言葉に、義己は静かに頷いた。