その工場の中に一歩踏み込んだとき、ビデオカメラを構える保治の手がふるえた。

「何や、ここは……ほんまに工場か?」

訪れる前に聞かされていたものの、聞くと見るとでは大違い。 保治は今まで、自社の工場をはじめ、こんな異様な工場を見たことがなかった。磨かれた機具、ゴミ一つない床。到底、製造現場とは思えない光景だった。

「いらっしゃいませ!」

そこで働く人間の、なんと堂々として爽やかなことか! 「暗い、汚い、かっこ悪い」が、製造業の現場では当り前だと思っていた。その既成概念が一瞬にして打ち砕かれて、保治の目からウロコならぬ涙がこぼれそうになった。

「枚岡を変えるのはこれや! これしかない!」

保治は、一心不乱にビデオカメラを回して田中テックの工場見学の様子を映し撮った。
この感動を枚岡に持ち帰り、副社長の義己にも伝えなくてはいけない。今の自分の何分の一かでも義己が感動してくれたなら、枚岡はきっと生まれ変われる。保治には確信があった。

「社長の言いたいことは分った。そやけど、工場をきれいにしただけで経営が上向くとは思えん」

ビデオを見終わって、興奮冷めやらぬ様子で熱く語る保治に、義己は言った。

「うちは製造業や。金型を作ってなんぼの商売や。掃除なんかしても儲からん」
「儲かるとか、儲からんとかの話やないねん」
「工場が汚いのは当り前。それが製造業や」
「その、当り前っちゅうやつを変えるねん。義己、枚岡は生まれ変わるんや」
「工場をきれいにしたかったら、儲けてから新築でも改装でもしたらええ。今はそんな時期やない」
「今やからこそするんやないか。田中テックさんに負けへんくらいきれいな工場にするんや」
「そんなしょうもない見栄はってどないすんねん! きれいになった頃には、お客さんが一人も来おへんようになっとるわ!」

半ば、けんか腰のやり取りになった。
だが、言い争いの中でも保治には確信があった。義己は分ってくれる。絶対に分ってくれる。
兄弟だからという訳ではない。一番信頼の置ける経営パートナーとして認めているからこそ、保治は義己が近い将来、この計画の一番の理解者になってくれるという自信があった。
そして、その時こそ、義己の爆発的なパワーで枚岡は生まれ変わるのだ。