「松下電器さんが、ウチの工場を見に来はるらしい!」

3S活動をはじめてしばらくした頃、枚岡合金工具に大きな転換期が訪れた。
松下電器から工場見学に訪れたいと申し入れがあったのだ。

「天下の松下の幹部さんが、下町の工場を見学するなんて……」

その事実は地元企業や関連業者だけでなく、日本各地で話題に上り、方々から工場見学の申し入れが入るようになった。
最初に3Sを導入しようと考えた保治自身ですら、予想もしなかった展開だった。
思えば、京都の「田中テック」さんに工場見学に訪れたのがきっかけだった。
あの時、あの工場を訪れたお陰で、枚岡合金工具は着実に変わろうとしている。
経営面で目立った変化は現れていないまでも、確実に上向いているのは感じている。
何よりも、社員たちの顔つきが変わった。
保治も義己も、倒産を待つだけだったあの頃の不安はもう無い。

「よっしゃ、これから工場見学を定期的に受け入れよう」

松下電器からの工場見学を機に、見学希望者を積極的に受け入れることに決めた。
経営革新の波は、自社だけにとどめておくものではない。
田中テックさんから自分たちが影響を受けたように、また次の誰かにこの活動を受け継いでいければ、日本全体が元気になるはず。保治はそう思って、決断した。

以来、工場見学者が途切れることなく、現在では月に二回、定例の「工場見学の日」を設け、年間スケジュール化するほどに賑わっている。

「何か、仕事がやりづらいわ」

最初の頃は、そう言って照れたり、面倒に思ったりしていた社員たちも、今ではすっかり慣れて積極的に工場見学を受け入れている。

あれから、10年。

3S活動や工場見学だけでなく、ISO9001の取得や、製造業向けのファイリングソフト「デジタルドルフィンズ」の開発など、町工場としては異例の活動を行ってきた。
数多くの企業セミナーや講演会にも、「聞く側」としてだけでなく「話す側」として招かれることも少なくない。
そして今、枚岡合金工具の経営革新は次のステップに進み始めている。

工業高校など地元の教育機関とも活発に交流を持つことで、若い社員も増えてはじめた。
それは町工場の街である地域の活性化を見据えたアクションでもある。
マイスター制度の導入で、ベテラン職人は積極的に後進の指導をし、若い社員達の目標とされるようになった。
ただし基本技能の研修は我流の技術継承にならないよう、社外から先生を招いている。

これらはすべて3Sの概念を基礎にした取り組みだ。
枚岡合金工具の経営革新は、すなわち3Sのさらなる進化を意味している。

枚岡合金工具は、会社のみならず、そして社員個人もまた公私に5ヵ年計画を立てはじめた。
3Sの概念がより具体的で明確な目標設定を可能にした。

10年前の枚岡合金工具とは、明らかに変貌を遂げた。
社内にも活気があふれている。
巷では後継者不足、労働力不足と言うけれど、それは企業に魅力がないからだ。
企業に元気があって、魅力があって、夢があれば、大企業じゃなくても優秀な人材が集まってくる。
保治も義己も、そして枚岡合金工具の社員全員がそれを実感している。

職場の3S、情報の3S、そして心の3S。
枚岡の3Sは、社員全員で10年かけて培ってきた枚岡合金工具の大きな財産。
さらに枚岡の3Sは、いまや業界内外の他社の模範として目され、その進化にも注目が集まっている。
しかし、その進化の先にかなう夢が、希望がある。

枚岡の挑戦には終わりはない。